Authentic Flow

Yoga, Meditation, and Creative Awakening

人生は自分とのデート

久しぶりなブログ。

結局ね。

内なる私との会話を日々重ねながら生きている私です。

もう2025年も4月ですね。

 

 

 

 

 

最近楽しんでいることは…

ジャーナリングsnsで流れてくるアーティスト達の絵を観ること、あとは同じくファッション、、

あ、Podcastを聴くことにもハマり中。

目から、耳から、心地の良い波長をいただいちゃっています。

春だから、ということもあるけれど、

軽くて心地よい良い空気に包まれていたいな、という気持ち。

 

今年に入ってからいつも色々を書く日記帳に載せている言葉があって。

それは、、

人生は自分とのデート。

自分にどんな風景を見せてあげたい?

というもの。

ある日、人生は自分とのデート、とsnsで流れてきて、

ヨガニドラの最中に、意識の海の中で拾ってきた言葉、

自分にどんな風景を見せてあげたい?を組み合わせたもの。

(組み合わせたというか、そのまんまですねw)

 

これ、私にとって何にでも応用できて。

(自分の意識から拾ってきているから、感覚にフィットするんです)

 

朝起きて、今日はどんな1日にしたいか。

気持ちを何処へ持っていきたいか。

どんな気持ちを味わいたいか。

そして何より。

自分が持つ錯覚、思い込み、フィルター、信念に対してク

最初のクエスチョンを持つことができる。

 

あれ?

わたし、この景色、見たいのかな?見たかったのかな?って。

 

あとね、

これが心にあると、家の掃除がはかどる…♡

という訳で、いいことしかない。

 

あなたはどんな景色を、自分自身に見せてあげたい?

 

 

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1ハウス太陽の人

1ハウス1°太陽の人。

これが私が持って生まれた魂の青写真(ホロスコープ)です。

最近、自分フォーカスの話ばかりしてきたけれど、その大きな理由はこれ↑

 

占星術において、太陽が入っているハウス(室)がその人の人生のテーマ、と言われます。

1ハウス(室)は始まり、起点であり、人生に準えると赤ちゃんが生まれて一番最初に確認すること、それはずばり「自分」「自我」「主体性」

 

 

以下、chatGPTにさらっと聞いてみた話。

心理占星術における1ハウスに太陽がある配置は、自己のアイデンティティや自己認識に対する強い意識を意味します。1ハウスは「自分自身」を表し、特に自分の姿勢や見た目、他者への印象など、外向けの「私」としての側面を象徴しています。そこに太陽があると、自己表現が人生の重要なテーマになり、個性を示すことに積極的で、周囲に自分の存在をアピールしたいという意欲が強くなります。

心理的な観点から見ると、この配置の人は自己の核に光を当てたい、つまり「自分とは何者なのか」を深く理解したいという欲求が強く、アイデンティティの確立が重要な課題になるでしょう。自己の意志や本質を感じ、他者の影響を受けずに自分らしさを保ちながら生きることが目指されます。また、1ハウス太陽は自信を持って前に出ていく力があり、リーダーシップや独自のスタイルで周囲に影響を与えることができるタイプとも言えます。

 

これはあくまでも一般的な話。しかもチャッピーなので、なんとなく言葉に偏りがある気がしないでもない笑。

 

地球に生まれてきたら太陽を使って生きることが一番大切なことと、これまで鑑定や星読みのwsで教えられた、基本の基、だった訳なのですが…今年の9月末辺りからその感覚に自然とシフトしてきて(これまで何度もやってみようとしてはできなかった)まだ慣れない自分ファースト。自分ファーストで生きれなかったこれまで、色々なことが不自然で、自分自身もしんどかったなーと思っていて、なのに、また住み慣れている場所へと戻っていきつつあるのがわかる今(涙)

な、わけで、今は敢えての宣言!「自分ファースト!」をして、新しい意識の方に慣れるための助走期間としています。ここで立たないと、これからますます地に足をつけて人間として生きれないなぁ、と。笑

さて、私の太陽は1ハウス(室)にあります。そういう人は、自分を強く打ち出して生きていくことが大切だと言われます。私は、自分が何者であるかなんて、他の人も当然に深く深く考えているかと思っていたんですけれど、そんなの当然でもなんでもなくて、これは私だけのこだわりな訳だったんですよね。他の人がやらないことは自分にとっての大きなストロングポイントです。ですが私は、自分にこだわる自分自身のことが何だか恥ずかしくって。だって他の人(大雑把に括りすぎ)は、もっと崇高なことのために生きているでしょ?と、感じていたのですよ、他の人を横目で見ては。だのに私なんて…私のことに興味津々、どこまでも自分ごと…なんて、なんと浅ましく、なんと自分のことしか見れない視野の狭い人間なのかしら、と感じたりしていました。(正確に言えばちょっと複雑で、自分のことと同じくらいいやもっと上を行く自己犠牲の精神の持ち主でもあります)自分を嫌いすぎていたのですねこれまで。自分にこだわることって、別だ悪いことではないはずなのですが、色々とブレーキをかけすぎてきました。自分の大きなエネルギーに自分で恐れてきた気もするし、初めて鑑定を受けた時に方向性を示された時も、1ハウスをやらなきゃいけないってことだけどそれが社会にとってなんの役に立つのだろう…と悩んでしまい、いまいち理解できませんでした。

色々なことがあって、ヨガと出会い、内的探求の旅が進むにつれ、自分を見つめることで反転し、自分世界から繋がる他の人、現実世界と言われる現象、果ては宇宙の仕組みにまで繋がっていることが少しづつわかってきて。私が自分を表現すること=私が私のままであること=世界の喜び、と…最近になってようやく納得ができたのです。(ここまで本当に長い道のりでした)ですから今、また「自分を深く見つめる」フェーズに入ってきたのかもしれません。

背骨が通って自分を見つめる、新しい旅がスタートしたところ、かも。

 

 

azusa.

 

 

心の声に耳を傾ける

心地の良い一日。午前中から太陽が照らし、今は午後、のんびりした時間を過ごしています。

現在私が住んでいる地域は冬になれば雪も降る場所です。ですから今暖かく過ごしやすいのはとても貴重かもしれません。

昨年までは首都圏に住んでいまして、春夏秋冬の移り変わりはこちらに越してからというもの、自然から告げられることが多いな、、と1年住んでみて感じています。以前の住んでいた地域では、デパートのショーウィンドウや街ゆく人々のファッションの変化から感じとることが多かったような。(それはそれで、心がウキウキと沸き立つ感じでよかった)

正直寒いところは苦手なので、冬は短い方がありがたいです笑。子どもが大きくなってもっと自由が増えたら、ゆくゆくは瀬戸内あたりに移住したい、なんて密かに思っていたり…笑 (鎌倉、鵠沼なんかもいいな)

 

心の声を聴きながらブログを書いてみたら今日は雑談となりました。いつもいつも、なんとなくどことなく、心のどこかで嘘をついている、そんな気がしています。その嘘というのは、私の場合は、自分の本音?というか自分の本当の感覚、思い、感じていることなどを隠してしまう、という意味です。無理せず、繕わず、ただフラットに表現したいのです。過大にも、過小にもせす、ただ、そのまんま。

自分の中の、自分でもつい見過ごしてしまうような小さな引っ掛かりがあって、それが邪魔をして、喉から出したい言葉が突っかかって出ない、そんな感じ。ここは、私の人生のずっとのテーマなので、自分ではこの原因も様々なレイヤーで理解しているつもりではあるけれど、今はまた原点回帰。

「自分を見る、観る、診る」

自分フォーカス。

どんだけ自分好き?と自分に突っ込まずにね。自分のことは誰よりも好き、だから誰よりも大切にしていく、を敢えてやってます。これは、ぼーっと無意識で生活していると自己犠牲に傾く自分にはむしろ修行。…疲れます笑

でも、ここからスタートしないと子どもは成長できないように、体が大人の自分も子どものあの頃から成長は止まったままなのです。インナーチャイルド、という言葉があります。誰の心の中にも、ある時から成長が止まったままの小さな自分が住んでいます。その子(過去の満たされなかった自分ですね)の思い、叫びをうんうん、と、聞いてあげながら、今の自分が感じる様々に湧き上がる感情も、そのままその都度感じることを生活の一番の目的にするのは大袈裟かしら?と思いますが、今の自分にはそれが仕事。

そんなんでいいの?他のこと考えなくて良いの?家族のこと、仕事のこと、色々考えなきゃいけないことあるんじゃないの?と、左脳さんが一生懸命言ってくるのですが、今、自分に意識を向け続けること、丁寧に見てあげることが、そもそも家族や仕事などの現実世界を充実させる土台づくりになると感じているので、このまま全てを大切に扱っていこう、そんな気持ちの今。

 

azusa.

 

 

 

自己の世界と視点の重要性

11月に入りました。

今年も夏は暑く、そして長く、、でしたが、さすがに肌寒くなってきましたね。

でもそれも当たり前ですね、もう11月です。

さて、昨日(11/1)は、新月でした。

蠍座新月

蠍座のイメージというと、私の中では、深く、深く、潜り、そこで…(色々を知り体験し、底から変容する)

という感じ。

曖昧ぼやっとした、あくまでも私の感覚です笑

ガラッと変容するためのアファーメーションを唱えるなら今ですって感じの昨日でしたが、

それはせず、なんだかだらけてしまいました。

 

今、フォーカスが向いている場所は「子ども」で、その「子どもが演じている劇場」に意識を奪われがちでいます。

母というのはそんなものだとも思いますし、また、そこで一緒になって演じることで、気づきや学びを得るのだとも思うのですが、あくまでも、

その空間を演出しているのは私だけであること、

そこで行われている全ての演目は、私に対しての様々なメッセージであること、

つまりは、、、

私、を観てあげる、だけでオールオーケーなこと、

を、同時に学び中です。

子どもがいれば、それはずっと続く学びですが、今はそれがとても濃い気がする。

 

ちなみに、これは子どもをほったらかしにするとか、そういう話ではなく、

あくまでも潜在意識・無意識領域のお話。

この視点。

潜在意識、無意識領域が、それぞれの自分世界を創り出しているから、

目の前で起こっていることは、ただの自分へのフィードバックな訳ですよね。

これでいいですか?って。

ちょっと話がとっちらかってしまいましたが、とにかく。

私に寄り添うことイコール子どもに寄り添うことであることをしみじみと味わっています。

 

 

azusa.

 

こんな時代もあったね写真

 

未知への勇気と受容

最近再び、オラクルカードをリーディングするようになりました。

ラクルカードと言うと、占いのように思っていた昔でしたが今は全く捉え方が変わりまして、顕在意識の自分では知覚していない領域を探るためのツール、見えない領域の自分との対話の為に使っています。

最近よく使っているのが、『セイクレッドクリエイターオラクル』

デッキは、一言メッセージとシンプルな線画のイラスト、そして水彩絵具で彩られた様々なカラーリングが施されています。

シンプルなデザインですが、とても分かりやすくまた、現在の知覚している状況をバシッと示してくれることに驚く事もあります。

今の私のエネルギーがこのデッキと合うのかもしれません。

これまでは、割とふんわりとしたメッセージを受け取る事を好んでいましたが、今の私は明確なメッセージを欲しているようで、そこが一致するみたいです。

 

今日の一枚。

髪の毛と一緒に撮ってしまいました…

 

『42. CUT THE CORDS OF DOUBT』

疑いを捨てる、という意味だそう。

恐れから自由になると、最初にどんな習慣や信念を手放すべきかがすぐに分かる。

文字の上に描いてある絵は、私には、糸が切れて大空に飛んでいる凧のように見える。

地上から空を見上げて、どこに行くかわからない、風まかせ。

今は上昇気流に乗って力強く飛んでいるけれど、そのうち、強い風に翻弄されたり風が弱まれば地上に落ちてしまうかもしれない、不安な感覚を感じている私。

そんなイメージを受け取り、このカードに自分のこれからが定まっていない、先が見えない、そんな風に捉えていること、それそのものが恐れとなって現れてきたと受け取りました。

 

ふんわりとしていたい私。

決めたくない私。

いつも「わからない」という答えを用意してしまう私。

そこにハッとして、「わからない」はやめよう、

と、思いまして、この習慣を手放していこうと思っています。

そして、手放すために、まずはそうしていたい自分を認めていくこと、からですね。

 

あ、その流れもあって、途中で止まっていた、インナーチャイルドの癒しのワークも始めました。その話はまたいつか。

 

azusa.

 

 

瞑想を習慣化するために必要なこと

  半年ほど続けていた仕事を辞めてから、時間をゆっくりととれるようになったので、毎朝のヨガと瞑想が復活し始めています。

朝とはいうものの朝起きてから朝食を作り、家族と共に食べてから家族を送り出し、家事を少し済ませてからの午前中に、というのが正確なところです。

 

かつて毎朝瞑想を行なっていた時期は寝起きすぐのベッドの上で行なっていました。

なぜならば瞑想の先生からは、なるべくなら朝イチがいいよ、と教えてもらっていたので…

でも今は、まずは瞑想を再び習慣化させることが大切だなと思っています。

なので、自分にとっての負担になりすぎないこと、続けられない自分への言い訳を作りにくい状況にすること、を無意識のうちに選択し(凄いぞ偉いぞ、わ、た、し!)、時間的なリミットは外し、午前中であればいつでもokとお気楽にやっています。

まぁ、今言語化してみて、特に午前中というのも決めていなかったな、と思ったところ。

もしできなかったら寝る前でもいいものね。

最初のうちは、瞑想ができたorできなかった、というジャッジに陥りがちだし、まずはそれを無くすためのシステム作り。

 

 

自分本来の姿に戻る事を、再び、ゆるゆると楽しんでいる今。

というか、今が、一番ゆったり私を受け入れながら楽しめているかもしれない。

これまで、沢山の時間と様々なツールを使いながら自分を掘り下げてきて、本来の自分に戻る、還る、その壮大な旅路は時にしんどいものがあるのも理解している。

でもね、自分の内側がこんなにも豊かで満ちていることに触れるたびに、この私という人の人生と、生命そのものをただ優しく抱きしめているんだなって思うんです。

 

 

 azusa.

 

 

Authentic Flow (ブログタイトルを変えました)

お久しぶりのブログです。

(いつも同じ書き出してすねw)

今、変化の時を迎え、そして、それは終わりつつあり、これから新しいフェーズへと移行する、そんな時間の中に私はいます。

それに伴い、ブログタイトルを変更いたしました。

これまで以上に、自分の内面に触れ、表現していこうと思っています。

更新頻度も増やしていきます(これまでは開店休業状態でしたね)

 

改めて、これからもよろしくお願いします。

 

azusa.